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ジミー・ペイジ
(jimmy page  1944年-)

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本名ジェイムズ・パトリック・ペイジは1944年1月9日、イギリスのミドリセックスで生まれた。日本では「レッド・ツェッペリン」以降その評価は高まったわけだが、本国イギリスでは「ヤードバーズ」のメンバーとしてはもちろん、それ以前からスタジオ・ミュージシャン歴が長く、かなり名前を知られた存在であったようだ。

16歳の頃、すでにスタジオでプレイしていたというから、まさに天才ギタリスト。当時のスタジオ・ワークでは「キンクス」の『ユー・リアリー・ガット・ミー』が有名だ。

「ヤードバーズ」には66年にベーシストとして参加し、その後ギターに変わってからはジェフ・ベックとのツイン・リードという最強のラインアップになり、当時のライヴは未だに語り草になっている。
ベック脱退後は事実上のイニシアティヴをとるリーダー的な存在として活動を続けるが、68年に「ヤードバーズ」は解散、その直後に「レッド・ツェッペリン」を結成、69年に発表された『レッド・ツェッペリンⅠ』で衝撃的なデビューを飾って以来、ハード・ロックの帝王として、解散する80年までロック・シーンの頂点に君臨するのである。

解散後は沈黙を守っていたが、85年にポール・ロジャースと共に「ファーム」を結成して再び活動を開始した。さて、そのギター・ワークの特徴だが、何といってもリフ作りのうまさがあげられるだろう。デビュー・アルバムの「グッド・タイムズ・バッド・タイムズ」をはじめ、どのアルバムにも印象的なリフを持った曲があるなど、プレイヤーとしてだけではなく、メロディ・メイカーとしてのセンスは見逃せない。
フレージングにもそうしたセンスが光り、長いフレーズよりも、むしろ短いフレーズにその持ち味が発揮されているようだ。

「胸いっぱいの愛を」の途中のブレイク・ソロは、その良い例だろう。それと、「天国への階段」に代表される、ドラマティックな構成の中でギター・ソロを印象的なものにする構成力も特筆できるのではないだろうか。

『フィジカル・グラフティ』以降、そのサウンドは変化を見せはじめるが、創造力に溢れたギター・ワークは相変わらず冴え渡り、ハード・ロック・ギタリストというカテゴリーの中だけでは語れない充実したプレイを聴かせている。
ライヴではヴァイオリンの弓を使うなど、トリッキーな面も見せたが、プレイ自体はロックンロール、ブルースをベースにした比較的オーソドックスなものだ。しかし、インド音楽をはじめとする様々なエッセンスを巧みに取り入れるあたりのフレキシブルさ、アイデア豊なフレージングは、やはりスーパー・ギタリストの風格を感じさせている。
使用ギターは『レッド・ツェッペリンⅠ』では、ベックからプレゼントされたテレキャスターだが、セカンド・アルバム以降はレウポール・スタンダードに変わり、以後それがトレード・マークになっている。

一時のオールド・レスポール・ブームの火付け役といってもいいだろう。ライヴで「天国への階段」をプレイする時に使っていたギブソン・ダブルネックもジミー・ペイジのギター・コレクションの中では欠かせない。

ジェフ・ベック、エリック・クラプトンと並ぶBIG3として、常にギター・キッズの熱い視線を浴びてきたわけだが、ジミー・ペイジというと、すでに解散してしまったにも関わらず、やはり「レッド・ツェッペリン」の名前が頭に浮かんでしまう。それだけビッグなグループであり、その中心的なメンバーであったジミー・ペイジの存在は、ひとつの頂点を極めたギタリストとして、ロック史上の中で語り継がれていくだろう。

 お気に入りアルバム
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