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キース・リチャード
(Keith Richards 1943-)

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もうこんなグループは二度と現われないだろうと思える最高のロックンロール・バンド「ローリング・ストーンズ」のミック・ジャガーと並ぶ二枚看板として、スパースターの座に君臨するキース・リチャードは、1942年12月18日、イギリスのケント州ダートフォードで生まれた。14歳の時に両親からプレゼントされた10ポンドのスパニッシュ・ギターで、チャック・ベリーのフレーズをコピーすることから、彼のギタリストとしてのキャリアはスタートするわけだが、当時はほとんど毎日のようにギターの練習に明け暮れ、チャック・ベリーボ・ディドリーなどのプレイをマスターしていった。


そして、アート・スクールに通っている頃、たまたま通学途中の電車の中で、チャック・ベリーのレコードを持っている男に気付き、話かけたことから彼の人生は一変する。
その男とは、当時ロンドン経済大学の学生だったミック・ジャガーである。

チャック・ベリーという共通のアイドルを持つ2人だけに、その仲は急速に接近していくわけだが、どちらからともなく自分たちで演奏をしてみよう、ということになり3人の仲間を集めて「リトル・ボーイ・ブルー&ザ・ブルー・ボーイズ」を結成、ロック・スターへの第一歩を踏み出す。

そして、ロンドンのアンダーグラウンド・シーンでは強い影響力を持つ、アレクシス・コーナーの紹介でブライアン・ジョーンズと知り合い、3人は共同生活を始め新たなグループの構想を練った後、62年に「シルバー・ローリング・ストーンズ」を結成する。

その後、グループ名から「シルバー」が外され、ビル・ワイマン、チャーリー・ワッツを加え1962年12月に「ローリング・ストーンズ」のオリジナル・メンバーが顔を揃えるわけだが、その後のサクセス・ストーリーは周知のとおりだ。キース・リチャードのギター・ワークの魅力を一言でいうなら、そのエモーショナルかつエネルギッシュなカッティング・プレイの素晴らしさに尽きるだろう。

チャック・ベリーの影響を強く受けたカッティング・ワークはリズムのノリはもちろん、切れ味の良さなど、すべての面で白人最高のロックンロール・プレイヤーと呼ぶにふさわしいものであり、独特なタイム感によるタメの効いたプレイは、キースならではの味を持っている。それと、彼のギターを語る上で、欠かせないのがトレード・マークともいえるオープンGチューニングの5弦ギターだ。

普通のオープンGチューニングは6弦から、D,G,D,G,B,Dになっていて開放で鳴らすと正確にはG/Dのコードになってしまう。
そこで6弦を外し最低音をコードのルートであるGにしてしまうアイデアはなかなかのものだ。5弦ギターを使った代表的なものは「ブラウン・シュガー」「ホンキー・トンク・ウーマン」「スタート・ミー・アップ」などだが、どれもオープンGチューニングならではの響きが効果的で、コード進行がまずあって、そこに曲をつけたのでは、と思えるほどバッキングのパターンがピタリとはまっている。


それと、シンプルながらリフ作りのうまさも際立っており「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」「サティスファクション」など印象的なイントロ・リフを聴かせてくれるが、何と言っても、その最高峰は「ブラウン・シュガー」と「ホンキー・トンク・ウーマン」だろう。

SUS4、9thを巧みに織り混ぜたイントロ、そしてバッキングのパターンはチャック・ベリーのスタイルを発展させたロックンロール・ギターの名演として、高い評価を与えられて然るべきであり、ステージに立っただけで観る者を圧倒する存在感の大きさも含めて、まさに偉大なギタリストといっていいだろう。
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