趣味の事(サッカー、競馬、音楽、映画 etc...)や その日の出来事や、気になったことを書いています。気まぐれなんですけどね^^

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グラスワンダー
Grass Wonder

grasswondaer.jpg

馬名グラスワンダー
Grass Wonder
勝負服umagrasswonder.gif
Silver Hawk
Ameriflora
生誕1995年2月18日
死没(現役種牡馬)
性別
毛色栗毛
生産フィリップスレーシング
生国u_s_a-fs.gif
馬主半沢(有)
調教師尾形充弘(美浦)
生涯成績15戦9勝  [9-1-0-5]
獲得賞金6億9164万6000円
主な勝ち鞍有馬記念2回、宝塚記念、朝日杯3歳S、京王杯3歳S、毎日王冠、京王杯SCなど
主な受賞1997年:最優秀3歳牡馬
1999年:特別賞



Silver Hawk
鹿毛 (1979)
RobertHail to Reason
Bramalea
Gris VitesseAmerigo
Matchiche
Ameriflora
鹿毛 (1989)
DanzigNorthern Dancer
Pas de Nom
Graceful TouchHis Majesty
Pi Phi Gai


グラスワンダーが無敵の3歳時にマルゼンスキーの再来などと言われた。
彼は古馬になるとケガに泣かされながらもグランプリでは必ず
不思議と復活する馬だった。

なんとグランプリ3連覇!この偉業を達成して、ライバルのエルコンドルパサー、スペシャルウィークが引退してしまうとまるで今までとは違う馬になっていった。

彼は3歳時の4戦は圧倒的な強さを見せ付けた。首差は合計16馬身半。ほんとうにマルゼンスキーの再来と言われても何も不思議なことではなかった。

勿論3歳のチャンピオン(最優秀3歳牡馬)に選ばれた。
しかし彼は外国産だったためクラシックには出走は許されず、東京で開催されるNHKマイルCに出走予定だったのだが残念な事に馬にとっては致命傷の骨折した。誰もが勝利すると思われたが・・・。残念ながら春は全休せざるを得なくなった。
その出走予定だったNHKマイルCを勝利したのは後の永遠のライバル「エルコンドルパサー」であった。

骨折明けは秋の毎日王冠からスタートさせたが結果は得られず、その年最後の締めくくりの有馬記念で見事に復活を果たした。その翌年の有馬も制することになる。

本当に不思議なのだが彼はグランプリに復活するグランプリ男だった。
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グリーングラス
Green Grass

greengrass.jpg


馬名グリーングラス
Green Grass
勝負服umagrasswonder.gif
インターメゾ
ダーリングヒメ
生誕1973年4月5日
死没2000年6月19日
性別
毛色黒鹿毛
生産諏訪牧場
生国japan-fs.gif
馬主半沢吉四郎
調教師中野隆良(美浦)
生涯成績26戦8勝  [8-7-4-7]
獲得賞金3億2845万1400円
主な勝ち鞍菊花賞、天皇賞(春)、有馬記念など他多数
主な受賞1979年 年度代表馬
1979年 最優秀5歳以上牡馬


インターメゾ
黒鹿毛 (1966)
HornbeamHyperion
Thicket
PlazaPersian Gulf
Wild Success
ダーリングヒメ
鹿毛 (1970)
ニンバスNearco
Kong
ダーリングクインゲイタイム
ダーリング


昭和51年の菊花賞、グリーングラスはその3週間前、鹿島灘特別でやっと3勝目を挙げた条件馬にすぎなかった。西下しても菊花賞に出走できる保証はなかった。ところが、勝利の女神はグリーングラスを見捨てなかった。賞金上位の馬が回避したことによって、滑り込みで出走権を得た。

そして迎えた本番。21頭立ての12番人気。折りからの雨で重馬場。コンビを組む安田富男騎手は考えた。「馬場が悪い、絶対に内が空く」。作戦は見事に的中した。向こう上面で5番手につけていたグリーングラスは徐々に進出。そして、4コーナーで奥の手を出した。
内を突いて抜け出し、大外から追い込むテンポイント、直線で伸びないトウショウボーイを突き放して堂々の勝利を飾った。

レース後は「馬場が味方した」「コース取りの利」「人気薄の気楽さ」など、このクラシックホース誕生をフロック視する声も多々あった。

しかし、そのフロック視する声のひっくり返すように翌年のAJC杯を快勝したことで、実力派ステイヤーとしてファンに認知された。

ただその後は敗北と栄光を味わうことになる。天皇賞は2度敗戦、岡部幸雄騎手騎乗で臨んだ3度目で勝利!
有馬記念も2度敗戦、大崎昭一騎手騎乗で臨んだ3度目にして悲願のグランプリホースとなり、これを最後にターフを去っていった。

引退後は日高軽種牡馬農協で種牡馬となり、平成8年に種牡馬を引退し余生を送っていたがアクシデントがおこり骨折で予後不良となり静かに息を引き取った。
キタノカチドキ
Kitano Kachidoki



馬名キタノカチドキ
Kitano Kachidoki
勝負服umakitanokatidoki.gif
テスコボーイ
ライトフレーム
生誕1971年3月27日
死没1983年9月
性別
毛色鹿毛
生産北海道門別町 佐々木範哉
生国japan-fs.gif
馬主初田豊
調教師服部正利(栗東)
生涯成績15戦11勝  [11-2-1-1]
獲得賞金211,478,800円
主な勝ち鞍阪神3歳S、皐月賞、菊花賞、スプリングS、神戸新聞杯など他多数
主な受賞1973年:最優秀3歳牡馬
1974年:年度代表馬
1974年:最優秀4歳牡馬 


テスコボーイ
黒鹿毛 (1963)
Princely GiftNasrullah
Blue Gem
SuncourtHyperion
INquisition
ライトフレーム
黒鹿毛 (1959)
ライジングフレームThe Phoenix
Admirable
グリンライトダイオライト
栄幟


父テスコボーイ、母の父ライジングフレーム、さらには祖母の父ダイオライト。キタノカチドキはスピード勝負を約束された血統だった。
約束はされても知らぬ間に競馬場から消えていってしまう馬が多いなか、このキタノカチドキは持てる性能を余すところなく発揮した。

新馬戦を4馬身差で楽勝したあとのデイリー杯3歳S。武邦彦騎手は手綱を持ったまま9馬身差の独走だった。並の競走馬でないことは、もうデビュー2戦目で天下に知らしめた。
オープン、阪神3歳Sも楽勝し、4歳になってからもきさらぎ賞、スプリングスSを完勝して6戦無敗で皐月賞を迎えた。
その皐月賞は中山から東京での皐月賞だったが、好位から直線楽に抜け出し皐月賞を制した。

次走の日本優駿(日本ダービー)では残念ながらコーネルランサーに勝利されキタノカチドキは不完全燃焼のまま3着と惨敗した。
このダービーの結果で距離不安説がささやかれた。

しかし、秋に入り、神戸新聞杯、京都新聞杯と勝利し本番の菊花賞を迎えた。結果は1着。圧勝だった。距離不安もなんのその・・・。

この馬の真骨頂はスピードと一瞬の切れであることに変わりはない。
菊花賞も天皇賞も傑出した闘志のたまものと解すべきだった。

最後は引退レースとなった5歳の有馬記念は3コーナーで故障しながらゴール(8着)まで走り続けた。結果は右前副腕前骨並びに種子骨骨折の診断がくだった。

武邦彦騎手曰く(2000Mまでならどんな馬にも負けない自信があった)と話したくらい中距離では天下無敵だったのであろう。
カブラヤオー
Kaburaya O

kaburayao1.jpg


馬名カブラヤオー
Kaburaya O
勝負服kaburaya-o-uni.gif
ファラモンド
カブラヤ
生誕1972年6月13日
死没2003年8月9日
性別
毛色黒鹿毛
生産北海道新冠町
十勝育成牧場
生国japan-fs.gif
馬主加藤よし子
調教師森末之助(東京)
生涯成績13戦11勝  [11-1-0-1]
獲得賞金179,587,300円
主な勝ち鞍皐月賞、日本ダービー、弥生賞、NHK杯など他多数
主な受賞1975年:年度代表馬
1975年:最優秀4歳牡馬



ファラモンド
黒鹿毛 (1957)
SicamblePrince Bio
Sif
RainFair Trial
Monsoon
カブラヤ
黒鹿毛 (1965)
ダラノーアSunny Boy
Danira
ミスナンバイチバンハロウェー
スタイルパッチ


現在、「史上最高の逃げ馬は?」と聞かれたらサイレンススズカ
と答える人が多いらしい。
「史上最強の逃げ馬は?」といわれたら真っ先に思い浮かぶ名前が「カブラヤオー」が出てくるくらい素晴らしい名馬だったに違いない。

昔の話(昭和50年)になるけどスズカと同じ逃げ馬がいた。それが「カブラヤオー」。
クラシックの2冠、皐月賞、日本ダービーを逃げ切り優勝した。
ただ単に逃げ切っただけではない。
皐月賞の前半の1000メートルの通過タイムは58秒9。
日本ダービーで更にペースアップし58秒6という短距離レース並みのラップを刻んだ上にそのまま逃げ切ってしまったことから逃げ馬と限定しなくても最強馬として名前が挙がるらしい。

血統配合も超一流ではなく3歳の時にオーナーが300万円で売りに出ても、買い手がいなかったというエピソードがあるくらい最初は期待されてなかった。

その期待されていなかったカブラヤオーだけど蓋を開けてみれば・・・デビュー戦は2着に甘んじたが、その後は連戦連勝で、それも後続馬を全く寄せ付けない逃げ切り。

クラシックの皐月賞、ダービーを勝利して三冠も期待されたが、残念な事に屈腱炎になり菊は幻に終わった・・・。

菅原泰夫騎手が馬が引退してからこう告白している。
「臆病な馬だからレースでは逃げるしかなかった。」
と・・・。逃げ馬の致命傷は惨敗するか逃げ残るかのどちらかなだけに騎手にとっては物凄くプレッシャーだったのではないだろうか。
その後は、同じ脚質で同じ、2冠を奪取したミホノブルボンがいる。
カツラギエース
Katsuragi Ace

katsuragi-ace.jpg


馬名カツラギエース
Katsuragi Ace
勝負服umakatsuragi.gif
ボイズィーボーイ
タニノベンチャ
生誕1980年4月24日
死没2000年7月3日
性別
毛色鹿毛
生産片山専太郎牧場
生国japan-fs.gif
馬主野出一三・野出長一
調教師土門一美(栗東)
生涯成績22戦10勝  [10-4-1-7]
獲得賞金4億1068万3400円
主な勝ち鞍ジャパンC、宝塚記念、NHK杯、京都新聞杯、大阪杯など他多数
主な受賞1984年:最優秀5歳以上牡馬 



ボイズィーボーイ
鹿毛 (1965)
King's TroopPrincely Gift
Equiria
Rising HopeThe Phoenix
Admirable
タニノベンチャ
黒鹿毛 (1971)
ヴェンチアRelic
Rose O'Lynn
アベイブリッジEntente Cordiale
British Railways


カツラギエース!そうあのJCを逃げ切って勝利したカツラギエースだ! あのジャパンカップを日本の馬が初めて制したレースだ!

日本の馬は三冠馬二頭がいた4番人気シンボリルドルフ、1番人気、ミスターシービーだ。
勿論、このレースの見所は三冠馬の2頭の初対決がファンの最大の関心事であって2頭のどちらかが日本馬として初めてジャパンカップに勝つだろうと信じて疑わなかった。
ところが、日本の馬は確かに優勝を果たしたが・・・ミスターシービでもなくシンボリルドルフでもなく勝ったのはなんと・・・10番人気のカツラギエースだった。場内はどよめいた・・・。
まさか・・・逃げ切ってカツラギエースが優勝するなど・・・誰も予想だにしなかったのだろう。

2頭の3冠馬の前評判を聞いていた外国馬の騎手はただ1頭で飛ばす日本馬をペースメーカーのように見ていた。
西浦騎手は手綱名を緩めて馬の行く気に任せた。このレースで初めてメンコを着けたカツラギエースも気分良く逃げて、最後は2番人気イギリスの馬、「ベッドタイム」を1馬身半抑えてのゴール。
西浦騎手の騎乗が見事なまでに的中したのであった。

前回の宝塚記念の勝利も、毎日王冠で、シービーを抑えて勝利したのもだてではなかった事を証明して見せた。
やはりエースは5歳になって大きな成長を成し遂げた。
JC後の有馬記念(結果は2着)を最後に引退する。

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